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大阪地方裁判所 昭和28年(ワ)2949号 判決 1959年3月10日

事実

原告高田貞子は被告佐藤工業株式会社大阪支店振出、被告富士工業株式会社裏書の金額五〇万円、支払期に昭和二八年六月五日、支払場所北陸銀行大阪支店、振出日昭和同年四月二〇日とする約束手形外二通額面合計一二五万円の三通の約束手形の所持人として、被告佐藤工業と被告富士工業に対し右手形金の支払を求めた。

被告佐藤工業は右手形は振出権限のない荒川正之外二名が偽造したものである。と抗争した。

原告は、荒川等は被告佐藤工業大阪支店長北村平作の署名を代理したものであるから手形偽造ではない。仮に支店長の指図または承認を必要とするにかかわらず、これを受けなかつたとしても、原告は本件手形を取得するに当り、右のごとき制限の存することを全然知らなかつたのであるから、商法第四三条、三八条三項により右制限をもつて原告に対抗しえない、と主張した(なお民法第一〇〇条の表見代理の主張は明示的には提出しなかつた)。そして、予備的請求原因として、本件手形が荒川等の偽造したものであるとしても、被告佐藤工業は、民法第七一五条に基き、損害賠償として手形金同額の支払義務があると主張した。

被告佐藤工業は、右予備的請求原因事実を否認し、本件手形の偽造が、被告の事業の執行に関してなされたものであるとしても、右手形を割引取得したのは訴外高田久成であつて原告ではないから、原告に損害はないと主張した。

理由

よつて、本件手形が被告佐藤工業大阪支店の振出に係るものであるか否かについて検討するに、本件三通の約束手形の各振出人欄に押捺された同支店長の印影が同支店長のものであることは同被告の認めるところであるけれども、証拠によれば、右各手形は訴外荒川正之が被告佐藤工業大阪支店長北村平作名義の記名印及び支店長印を使用してその各振出日欄記載の日時頃作成したものであるところ、荒川は当時被告佐藤工業大阪支店に勤務の経理係として、同支店長の指示または承認にもとずき、同支店振出名義の手形を作成交付する等の事務に従事していたが、自己の裁量により同支店名義の手形を振出す権限はなく、本件各手形は、被告富士工業の依頼により、同被告に金融の便を得させるため、被告佐藤工業大阪支店長の指示または承認を得ることなく、荒川の独断で作成交付したものであることが認められる。

(一)原告は、荒川は商法第四三条所定の商業使用人に該当するから、同条により同人の代理権に加えた制限は善意の第三者たる原告に対抗しえないものであると主張するけれども、荒川が右規定に定める商業使用人に該当するものであることを認めるに十分ではないから、原告の主張は採用し得ない。しかしながら、原告の立証によれば、本件については民法第一一〇条を適用すべき事実関係が認められること後に説示するとおりであつて、しかも商法第四三条は民法第一一〇条の特例たる関係にあるものであるから、原告は商法第四三条による主張の理由なきときは、民法第一一〇条による主張をなすものと解すべく、以下この主張について判断を加える。

(二)証拠によれば、もと被告佐藤工業大阪支店の経理会計の事務は、荒川ほか一、二名の社員によつて担当されていたが、昭和二七年三月頃経理主任であつた訴外佐藤三郎の転任後は、荒川が経理事務の全般を担当し、金銭の出納会計帳簿の記入はもとより、金銭の管理、支店長印の保管をも託され、また手形振出に関する資金計画を立案し、同支店名義の手形の振出を必要とするときは、その旨支店長に報告して、その指示または承認を受け、同支店のため、支店長に代り手形用紙に所要事項を記入し、同支店及び支店長名義の記名印と支店長印とを押捺して手形を作成し、他に交付することを許されていたもので、支店長不在等差支の場合には、荒川が同支店名義の手形を振出し、事後支店長の承認を得ていた事例も少なくなかつたことが認められる。

右認定のとおり、荒川は支店長から手形振出の指示または承認を受け記名捺印の代行の方式で同支店長名義の手形行為をなし得る権限を与えられ、また被告佐藤工業は大阪支店名義の手形振出に必要な支店長印等を荒川に保管せしめ、同人がこれを使用して支店名義の手形を自由に作成し得る状態に放置し、本件手形の流通について、同被告の責に帰すべき重大な過失があつたものと認むべき本件においては、荒川の本件手形の振出については民法第一一〇条所定の表見代理の法理を適用するのが相当である。

(三)そして記拠によれば、本件各手形は原告の夫である訴外高田久成が被告富士工業から白地裏書の方法により割引取得したものであるが、たまたま高田久成が満期前渡米することとなつたため、右手形を原告に譲渡し、原告は白地部分に自己の名称を補充して満期に右各手形を呈示したものであるが、高田久成は本件手形割引取得するまでに、これと同一形式の手形一四、五通を被告富士工業から割引取得し、右手形はすべて満期に支障なく決済せられていたため、本件手形も正当に振出されたものと信じて、これを割引取得したものであることが認められるから、原告も亦本件手形が真正に振出されたものと信じてこれを取得したものと推定すべく、久成及び原告がかく信ずるについては正当なる事由を有したものと認むべきである。従つて被告佐藤工業は、民法第一一〇条に基き、荒川の行為についてその責に任じなければならない。

もつとも原告は右各手形の受取人以後の手形権利者であつて、また原告は本件各手形を取得当時、右手形が荒川によつて作成されたものであることを認識していなかつたことが明らかであるけれども、手形の流通保護の見地から考えると、手形行為について民法第一一〇条を適用するに当つては同条にいわゆる第三者には、手形行為の直接の相手方のみならず、その後の手形取得者をも包含すると解するを相当とし、また同条所定の権限ありと信ずべき正当の事由とは、手形が権限ある者によつて真正に振出されたものと信じ、かく信ずるについて正当の事由を有する場合を指称するものと解すべきであるから、前記事実はなんら本件について民法第一一〇条の適用ありとする結論を左右するものではない。従つて被告佐藤工業に対する原告の第一次の請求は結局正当である。

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